NoTitle

 その頃、私には5人の恋人が居た。毎日帰る家が違っている。なんて生活をしていたのだ。
 
 水曜日は四ツ谷にある5つ年上の恋人の家に向かう。
 彼女とは図書館で知り合った。
 つまり市の職員だったのである。
 
 図書館員らしく、彼女の家はとても片付いていた。そして一匹の老猫が居た。
 その猫は彼女が20代の頃からの連れ合いで、私が彼女の部屋に行くたびに『この男もすぐに居なくなるんだろう』と言うかのように接してくれる。つまり無視なのだ。
 
 「久しぶり、来たよ。」
 と彼女に声をかける。
 彼女はテレビを見ながら夕食を食べていてこっちを見る気もないらしい。つまりはミーシャ(彼女の猫の名だ)と同じ対応な訳だ。
 
 上着を脱ぎ、クローゼットを開け、リセッシュをかけてからハンガーにかける。そのまま風呂場に向かい風呂に入る。几帳面な彼女がお湯を残してくれていたり着替えを出してくれているのが最低限の自分への愛情表現のようだ。(まあ湯船には彼女好みのやや甘すぎるローズの香りの入浴剤が入っているが。)
 20分ほど湯船にひたり、シャワーをあびて風呂から上がる。
 
 身体を拭いてリビングへ行くと、ローズの香りのせいかようやくミーシャが側に来てミャーミャーと話しかけてくる。
 「お前もお疲れかい」と言いながら彼女の頭をなでる。
 「ビールあるわよ」と一言彼女が言う。猫が反応しないと彼女も反応しない仕組みになってんのかなと思いつつ、「ありがとう。」と言い冷蔵庫へ向かう。
 
 ビールと小皿と箸を手にテーブルに戻る。彼女は自分の来る時だけ大皿で料理をつくるのだ。
 大皿からゴーヤチャンプルーを頂く。卵が混ざっていてなかなかうまい。
 「うまい。これ」
 と食べながら言う。ポリポリとゴーヤをかみ続ける。
 テレビをながめると、若いジャニーズのグループが映っている。何かしゃべているがまったく笑えない。いつものことながらやれやれと思う。
 ミーシャが足元で丸くなってくれる。あるいは、自分がこの家にきつづけられるのはこの猫の暗黙の好意のおかげかもしれないなと思う。
 
 柔らかい猫の腹や、首すじをなでているとなんて幸福な気持ちになるのだろう。
 「ミーシャ、お前はかわいいなぁ」と猫なので手放しに褒めまくる。なにしろなでている自分も幸福な気持ちになるのだ。
 
 「ミーシャ、ミーシャ、ミーシャ」
 気付けば変な歌をうたっていたりなんかする。
 そこまでいくとさすがにジャニーズ好きの彼女にも感付かれる様で「ねぇ」と一言彼女が言う。
 
 これ幸いと、ビールを片手に移動し彼女を包むようにあぐらをかいて座る。
 「ねぇ」の一言は猫の替わりに彼女をなでたりハグしたりしても良いという(暗黙の?)合図なのだ。
 
 彼女もミーシャと同じで柔らかく、良いにおいがし、最高の幸福感を与えてくれる。
 
 彼女は自分が毎日別の女性の家に帰っていることを知らない。(つまりそんなことは一言もいってない。当たり前だけど)いまのところ言うつもりもない。
 たまに、土曜日に自宅に彼女を呼んで一緒に映画を観る。

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