カテゴリー別アーカイブ: 短い話

「彼女」

 DVDを借りてTSUTAYAから出てきて自転車のチェーンを外してライトをポケットから取りだして付けた後、スタンドを起こして後ろを確認すると、十代のカップルが通り過ぎるところだったので少し待った。
 彼らが通り過ぎた後、細くて人通りの多い道なので自転車を押してその後に続くと、カップルの男の方が女の方に何事かささやき、笑っているのが見えた。もう少し進むと、まず男の方が後ろをふり返り、女の方も後ろを振り向いた。
 ヤレヤレと思いつつ、そのまま進んでいくと、男の方がもう一度ふり向いて、わきの道にそれて行った。

 「笑われてたね。」
 いつのまにか近くに来ていた彼女が言った。
 「そんなバカな。」ぼくは少し薄い笑い声でそう答えたが、内心はヤレヤレと思っていた。
 
——

 金曜の夜は彼女がやって来る。それは、僕がつくるカレーとサラダのためではあるまい?いや理由はわからないのだが、彼女はこの2ヵ月ほど、ほぼ毎週のようにやってくる。

——

 エレベータのないマンションの5階まで階段であがる。
 僕は彼女の買ってきた食材のレジ袋を抱えて。
 彼女はカツカツと軽快な足音を立てて。
 玄関に入ると、まず食材を片付けて、夕食の準備にとりかかる。
 だいたいいつもカレーだが、何をつくるかは、彼女が買ってくる食材次第だ。
 そして、彼女は先にいそいそと風呂を沸かし、僕が調理している間にゆっくと湯船につかる。
 文明の力で音楽でも流しているのだろう、いつもラジオや音楽なんかの音が台所まで聞こえてくる。

——

 仕込みが完了すると、僕は彼女と入れ替わりに風呂に入る。(いつも花の匂いの入浴剤が入っている)
 そして、風呂からあがると、二人で食事をする。
 僕の借りてきたDVDを見ながら。
 
 あんまり話はしない。
 時おり、彼女が女優や俳優へ向けるつっこみに相づちをうつだけだ。

——

 だいたいいつも、食事が終わると、ナッツなんかを食べながら晩酌が始まる。そのタイミングで彼女が僕の腕の中に入って来る。
 だけど、やっぱり会話はしない。ただただ映画を見続けている。

——

 そして映画が終わると、(完全に酔っぱらうと)狭いシングルベッドを彼女に明け渡し、僕はと言えば、床にゴロリと横になって、オナサケでもらう毛布で寝るのだった。

―2020/05/15 金

NoTitle_20190716

 火曜日は、横浜の彼女の家に泊まる。
 京浜東北線で品川まで行き、乗り換えると1時間弱で着く。ひと気のない駅から歩いて15分、途中彼女からメールで頼まれた食材をスーパーで買って帰る。どうやら彼女は今日、飲み会らしい。
 エレベーターで5階まで上がり、角の部屋のドアを合鍵で開ける。
 スーパーの袋を置き、手を洗い、手早く冷蔵庫の中へしまう。
 
 彼女は一週間で会う彼女達の中で唯一の年下だ。それが理由かはわからないが、中でも一番かわいい。
 彼女とは新宿の服屋で知り合った。店員という訳ではなく同じ客同士として。あまりにもチャーミングだったのでめったにしないが、声をかけて連絡先のメモをわたしたのだった。
 いつもと同じ様に床にちらかっているモノを片付けるところから始める。
 奥から彼女の飼い猫のドラがのっそりと現れる。
 
 この猫は捨て猫がのら猫になろうかという雨の日に、彼女が拾ってきたのだった。昔は小さくてかわいかったのだが、今ではすっかりボス猫の風格があり、狭い家の中ではややかわいそうな気がする。
 ミャーミャーといつもの通り「はらへった」とさいそくをするので、ある程度片付けたところで缶詰を開けてやった。
 
 豚肉とピーマンの野菜炒めをつくっているところで彼女が帰ってきた。
 「おかえり。」
 「ただいま。」
 「あ、私、食べてきたから」
 「知っているよ。僕の分。」
 彼女はドラにも「ただいまー」と手を伸ばし、嫌がる彼を強引になでまわした。
 「お風呂入るね。」と言い、さっさと彼女は風呂場へ向かう。
 自分の方はできあがった野菜炒めを皿にうつし、テレビの前へ移動する。ロクな番組がないのでラジオに切り替える。手持ちぶさたなので、視線をさまよわせると、彼女が定期的に買っているファッション雑誌が雑然と置いてある。
 「ま、いっか」と思いつつその雑誌をパラパラとめくり野菜炒めを食べる。

NoTitle

 その頃、私には5人の恋人が居た。毎日帰る家が違っている。なんて生活をしていたのだ。
 
 水曜日は四ツ谷にある5つ年上の恋人の家に向かう。
 彼女とは図書館で知り合った。
 つまり市の職員だったのである。
 
 図書館員らしく、彼女の家はとても片付いていた。そして一匹の老猫が居た。
 その猫は彼女が20代の頃からの連れ合いで、私が彼女の部屋に行くたびに『この男もすぐに居なくなるんだろう』と言うかのように接してくれる。つまり無視なのだ。
 
 「久しぶり、来たよ。」
 と彼女に声をかける。
 彼女はテレビを見ながら夕食を食べていてこっちを見る気もないらしい。つまりはミーシャ(彼女の猫の名だ)と同じ対応な訳だ。
 
 上着を脱ぎ、クローゼットを開け、リセッシュをかけてからハンガーにかける。そのまま風呂場に向かい風呂に入る。几帳面な彼女がお湯を残してくれていたり着替えを出してくれているのが最低限の自分への愛情表現のようだ。(まあ湯船には彼女好みのやや甘すぎるローズの香りの入浴剤が入っているが。)
 20分ほど湯船にひたり、シャワーをあびて風呂から上がる。
 
 身体を拭いてリビングへ行くと、ローズの香りのせいかようやくミーシャが側に来てミャーミャーと話しかけてくる。
 「お前もお疲れかい」と言いながら彼女の頭をなでる。
 「ビールあるわよ」と一言彼女が言う。猫が反応しないと彼女も反応しない仕組みになってんのかなと思いつつ、「ありがとう。」と言い冷蔵庫へ向かう。
 
 ビールと小皿と箸を手にテーブルに戻る。彼女は自分の来る時だけ大皿で料理をつくるのだ。
 大皿からゴーヤチャンプルーを頂く。卵が混ざっていてなかなかうまい。
 「うまい。これ」
 と食べながら言う。ポリポリとゴーヤをかみ続ける。
 テレビをながめると、若いジャニーズのグループが映っている。何かしゃべているがまったく笑えない。いつものことながらやれやれと思う。
 ミーシャが足元で丸くなってくれる。あるいは、自分がこの家にきつづけられるのはこの猫の暗黙の好意のおかげかもしれないなと思う。
 
 柔らかい猫の腹や、首すじをなでているとなんて幸福な気持ちになるのだろう。
 「ミーシャ、お前はかわいいなぁ」と猫なので手放しに褒めまくる。なにしろなでている自分も幸福な気持ちになるのだ。
 
 「ミーシャ、ミーシャ、ミーシャ」
 気付けば変な歌をうたっていたりなんかする。
 そこまでいくとさすがにジャニーズ好きの彼女にも感付かれる様で「ねぇ」と一言彼女が言う。
 
 これ幸いと、ビールを片手に移動し彼女を包むようにあぐらをかいて座る。
 「ねぇ」の一言は猫の替わりに彼女をなでたりハグしたりしても良いという(暗黙の?)合図なのだ。
 
 彼女もミーシャと同じで柔らかく、良いにおいがし、最高の幸福感を与えてくれる。
 
 彼女は自分が毎日別の女性の家に帰っていることを知らない。(つまりそんなことは一言もいってない。当たり前だけど)いまのところ言うつもりもない。
 たまに、土曜日に自宅に彼女を呼んで一緒に映画を観る。

三題噺「空港の取材」「待合室」「日曜日」

「それと、あと一つは勇気です。」
とその少年は言った。
「勇気?」
「そう、あと一つは勇気。
 今のあなたに足りないものです。」
「私に足りないのは・・・
 きちんとした静寂だよ。言わせてもらえればね。
 あとは十分な休息だと思うな。」
 痩せぎすの顔の彫が深い男がそう言った。
「静寂、ですか?」
「そう。静寂さ。
 つまりね。僕はどうやら、ひどく敏感なたちみたいなんだな。
 上の階の、隣の住人の生活音が気になって、仕方がないんだよ。
 それでね。イライラしてる時なんかはそのせいで発狂しそうになるほどなのさ。」
「ひどく、やっかいなたちなんですね。」
「そうさ。」

 隣に座ったまま二人は話していた。
 ここは空港の待ち合いのロビーだ。
 いつも通り、手持無沙汰で、待ち時間を過ごしていると、隣に座っていた少年が、話しかけてきたのだ。
「君、時々こんな気持ちにならないか、例えば、場所を選ばず横になりたくなったり、頭の中がひどく凝り固まっている様な。」
「僕はね、ここんとこ毎日そんな感じなんだよ。だから今回ハワイにでも行って、少しばかり安静に眠ろうと思ってんだな。これが。」
 男は少年の目も見ずにつらつらとそんなことをしゃべった。
 少年はそんなこと考えたこともなかったし、想像したこともなかった。
「それは精神的なところに問題があるからだと思いますか?それとも肉体的なところ?」
 少年も真直ぐ、前を向いたまま話した。
 トランクを入れるカートがごろごろと目の前を通過して行った。

 そろそろ呼ばれるかと、男はちらと時計に目をやった後、やはり前を向いたまま口を開いた。
「それはわからんね。ただ、この問題は、何か一つを少しでも変えると解決する様にも思えるし、ひどくやっかいで根本的なものかもしれんな。」
「例えば、何か一つって何です?」
「そうだな、例えば、毎朝寝起きに水を一杯飲むだとか、10時以降は風呂に入らないとか、寝る向きを逆にしてみるとか、そんなことだな。」

「君はまだ年齢が少ないからわからないかもしれんが、毎日というものはそういう小さな一つ一つの動作で作られているものなんだよ。
 そしてそれで構築されているのが自分って訳さ。」

 すると男は受け付けまで歩いて行き、今度のフライトをキャンセルする様伝えた。
「実はハワイに行く気なんて無かったのさ」
「今気付いたんだけれども」
 戻ってくるなり男は言った。今度は男の目を少し見て。

「OLD FASHIONED」

僕は彼女と並んで座っていた。
平日の午後三時だった。
二人とも、何も言わなかった。
もう長いこと。風は冷たいのに、
二人とも、帰ろうなんて、言わなかった。
ただ、座っていた。
僕はただ、何も言う言葉が見つからなかっただけだった。
彼女の表情は、怒ってる様にも、真剣な様にも、今にも泣き出し
そうにも見えた。
そういえば。と僕は思った。彼女の怒った顔が見たくて付き合ったんだった
なと。
けど、付き合ってみると、彼女はいつも笑顔で。僕はついに彼女の
怒った顔を一度も見なかった。
「ねえ。」と彼女は言った。前を見たまま。
僕はゆっくりと立ち上がって、彼女の手をとった。
「歩きながらで。」と言った。
彼女の事が本当はたまらなく好きだった。
けど、彼女は僕に、何かが違っていると、そう思わせるのだった。
「あのね。」といつもの調子で彼女は話し始めた。
僕はいつもより強く彼女の手をにぎって、彼女の言葉を聞いていた。―4/4(土)

「オチの無い話」

机に座った男は時計の針を見つめていた。
その店には、ジャズと、お香の匂いが立ち込め、五時の薄暗さを更に
薄暗くした様な雰囲気だった。
カラン。 音がして、一人の男と女が店に入ってきた。
五時だった。
バーテンダー兼店主の男は磨いていたグラスを止め、
面倒臭そうに、新しい客を見つめた。
「っしゃい。 何にします?」
男と女は無言で、店内を見渡し、僕のテーブルに目を止めると、
女の方が「コーヒーを2つちょうだい」と言って、こちらに歩いて来た。
「よお。」
目の前に座る男女に声をかけた。
すぐにタバコを取り出した男は火を付け、一本、口にくわえた。
僕はコーヒーを一杯口に含んで、間をつくった。
「それで?」 女の方が口を開いた。
バーテンダーが、コーヒーを持って来た。
男はサングラスを外して、僕の目を見た。 いや、強く見た。
「俺の財布を拾ったって言うから来たんだぞ。」
僕は右ポケットから 男物の財布を出して机に置いた。
―10/20(月)

「小部屋にて」

黒いスーツの老人が僕の前に座っていた。
なにやらぶ厚い辞書の様なものをめくっている。 パラパラ と紙をくる音が聞こえる。
「さて、」 と老人は言った。 「お前の行く先を決めようか」
「お前はこれまで特に悪いことはしていない。 ふむ。」 パラリ
「付き合った女性に依存するクセがある。 まあ、これはほとんどの男に当て
はまるだろう。 ふむ。」 パラリ  そうしてその老人は僕の
これまでのことをいくつか並べていった。
「お前、なぜ死のうとなんてしたんだ?」 老人にしては張りのある声で
彼は言った。 「なぜ?」
何か、 面接みたいだなと僕は思った。 下らないと。 しかも、いつのまに
この部屋に来たのか、さっきから、一向に思い出せない僕は少しつっけんどん
に言った。 「あなた、失礼ですがどなたですか? もう帰っていいですか?」
そして、僕は席を立って、老人の左奥に見えていた、この部屋唯一のドアに
向かった。 ドアノブを回したところで男が声をかけてきた「お前。 しょうが
ないから、 もう一度やってみなさい。 もう来るんじゃないぞ」少し優しげな
声だった。
ドアを開けたところで目が覚めた。 ひどく重く、どんよりとした空気だった。
風のせいか、閉めていた窓が全開になっていた。机の上の練炭はとっくに消えて
いたらしい。 僕は重い頭のまま、しばらくぼんやりと天井を見上げていた。
―10/15(水)

「カフェイエ」

混み合った店内で、朝から、居座っていた僕は、
一人、机の上の原稿用紙に文字を書き込んでいた。
「ここ、空いてるかしら?」
と女の人の声がした。
顔を上げると、小さい鼻の美人が立っていた。 いつかの彼女だった。
「どうぞ?」 と言って 僕はコーヒーを一口すすった。
「ありがとう。」 と言って彼女は、僕の目の前の席に腰を下ろした。
「何書いてるの?」
僕は右手にボールペンを握ったままだった。
しかし、僕は前の事があったから、 何も答えずに彼女の目を探る様に
見た。
彼女は「どうしたの?」 とでも言いたげにこっちを見返している。 本当に
覚えていない様な。
「あの、 前もそう聞きましたよね」
「ん?」
「いや、」  彼女の時間つぶしの相手をするのは正直ごめんだった。
だから、僕は、それ以上何も言わずに、 また原稿用紙を埋める作業に
取りかかった。
二十分くらいして、 ふと、僕が思い出して、顔を上げると
彼女は僕の手元を見つめたままカフェラテを飲んでいた ―10/14(火)

「あるカフェで」

机に向って応募するための原稿を書いていた。
すると カフェラテを手に持った、赤い口紅の人が語りかけてきた。
「ここ、座ってもいい?」 僕の目の前の席だ。 他にも席は空いてる。
けど、 「どうぞ」 なんて言ってしまった。 机の上は僕の筆箱やら、ノート
やらで、彼女のカップを置く場所なんて無いっていうのに。
「さっきから見てたわ。」 ふーん、そうか。と僕は思った。 「何、書いて
るの?」 物好きな人だな。 平日のスタバで書き物をしている人なんてごまん
と居るっていうのに、わざわざそんなことを尋ねるために、僕の向かいに座るなんて。
「あの、新人賞があるんです、講談社の。 それに応募しようと思って。」
「へえ。 小説か。 ・・・それで、 どんな話なの?」 そういって彼女は
コーヒーを少しすすった。 僕は改めて目の前にいる彼女に視線を向けた。
ショートカットの髪、小さな鼻、耳にイヤリングをしてる。 赤い口紅と思ったのは
間違いだったらしい。 文句無しの美人だった。しかも僕好みの。
「あー。 えーっと。 それを今、考えてたんです。」
そこまで言って、僕も一口、 カフェオレをすすってみた。
なんとも、 なんともな展開じゃあないか こんなことがあるなんて
しかし、こう突然こんなことが起こっても 何を話せば良いんだろう?
「あの、・・・」 と僕は言ったが 彼女はすっと席を立って向こうへ行って
しまった。 ビジネススーツの男性が入ってくるのが見えた。 どうやら、時間つぶし
だったらしい。 ―8/21(木)

五月の大学生

 大学の図書館は何のためにあるのだろう?
 大勢の人は「本を読む、借りる、もしくは調べ物をするため」と答えるだろう。しかし、僕の場合は「時間を潰すため」だ。
 友人もおらず、部活動にも参加せず、かといって今更サークルやなんかに所属するのも面倒だ。そんなこんなでバイトもしていない大学生の僕は家に帰っても親に煙たい顔をされるだけなので、毎日、夜8時頃まで図書館で時間を潰してから家に帰る、なんて生活を今年の4月から繰り返していた。
 もちろん、ただボーっとするだけじゃない。その日出たレポートやなんかをやる時もある。しかし、そういったレポートが毎日出る訳じゃない。そんな時は本を読んで時間をつぶすが、もっぱら工学系の本しか置いていないので、本を探すときは書庫まで足を延ばすことになる。
 不思議な話だが、僕はめったにこの書庫で人にあったことがない。それだけに、ややひんやりとした、無音の書庫では非現実的なそこだけ隔離された空間であるかのような、落ち着かない気持ちになる。
 書庫ではまず、文庫のコーナーに向かう。割とメジャーなタイトルが眠っていたりしてあなどれないのだ。少しの間物色した後、気が向けば、児童書のコーナーへ向かう。そうしてから、人のざわめきが聞こえる1F、つまり開架のフロアに戻ってくるのだ。
 そんなある日、僕は初めて図書館の受付に足を運んだ。
 「すみません。落し物で、腕時計なんかありませんでした?」
 「えーっと・・・。」
 受付の男の人が探している間、ふと、カウンターのちらしに目が行った。
 “本好きの 本好きによる 本好きのための飲み会!!“
 
 「あ、良かったらどうぞ。なんかね、「企画サークル」の人が開催するらしいよ。」
 と受付の男性(三回生くらい?)はなぜかニヤッとしながら、その「お知らせ」のチラシを一枚僕に手渡した。
 「どうも、それで腕時計は?・・・」
 「ああ、これかい?」
 とその人が取り出したのは明らかに女性ものの、赤い腕時計だった。
 「これかい?」
 学生課で同じ様に尋ねたら、黒い腕時計が出てきた。僕のだった。
 礼を言って学生課を出ようとしたら、女の同学年っぽい人がやってきて、「腕時計の落し物ありませんでしたか?」と尋ねているのが聞こえた。僕は普段めったに自分から異性に話しかけることはしないが、その時は割とすんなり、「もしかしたら図書館にあるかもしれませんよ」とフランクに話しかけてしまっていた。
 三限目というのは集中力が落ちるものだ。そしてなぜか、皆のおしゃべりのテンションが上がるのもこの時間帯であることが多い。だから僕もなんとなく、友人の安藤君に近々、図書館で飲み会があるらしいよなどと軽く話していた。
 「え?!もちろん行くよな!?」
 と彼は講義中にしてはやや大きな声で言った。
 「何で?いや、別に行ってもいいかなとは思ってるけど。」
 前を向いたまま言ったのに、安藤君はわざわざこっちを向いて、
 「いやお前、だって図書館のコンパって言ったら、絶対に当たりだろ!」
 と言う。講義後に詳しく聞いてみると、彼曰く、図書館に来る様な女子は絶対に性格が良い子が多いらしい。「なぁるほどな」と思った僕は、試しにその飲み会に参加したのだった。
 「もしかしたら来るかと思ったよ」
 と、目の前に座っているのはあの受付の男性だった。
 「いや、というかね、この企画出したの僕だからさ。」
 もう一つのテーブルを見てみると、結局企画サークルの人しかいないテーブルでも安藤君は楽しそうにしていた。
 「いや、結局ね、今回参加してくれたのは君達三人だけだよ。」
 と言って目の前の大森さんは僕とあの腕時計の彼女を見た。どうやら彼女も、チラシを貰っていたらしい。
 新入生で飲み代がタダということもあり、隣に女性が居ることもあり、僕はややハイペースで飲み、うだうだした今の状況のこととかをその場で話してしまった。すると、大森さんが「良かったら、企画サークル入れば?」なんて言ってくれ、「ぜひ入ります」なんて言ってしまった。
 あの飲み会が僕みたいに一人ぼっちで図書館にかよう新入生をターゲットにしていたのかは知らないが、結果的に僕は企画サークルでその後の大学生活を過ごすことになった。
―5/19(月)

創世記

 ラジオ局にこんな話が入ってくるなんて、予想もしてなかった。今朝上司からその「ビッグ」な
話を聞かされたのだ。
 「今ってさあ ぶっちゃけ、東京とか大阪とか、主要都市に人が
集まり過ぎてるだろ?」「ハァ…。」「そいでさ、そうすると、例えば災害があった時なんかに困る
らしいのよ。」「そうっすね」「で、地方活性化?みたいなことを企画してくれないかって国がさ」
「けど、何でウチにそういう話が来るんですか?」「そりゃ、ラジオ聴いてるやつの年齢層が広いからだろ」
 ってな訳で、入社一年目の僕がこの企画を考えることになった。といってもアレだ
別に僕一人だけじゃなく全国のFM局にこの依頼が来てるらしい その中で、一番
良い企画をやろうって訳だ。つまり、ある種のコンペだな。
 「地方でライヴ大会を開催する」「地方特色の食材で料理大会をやる」・・・etc. この一週間で
僕が出した案は全部ボツだ。上司曰く、「お前らは皆同じ頭してんのか 他の局も同じ様なもんバッカなんだよ!」
ちょっとした「相打ち」状態なのだ。しかし、これ以上は何かを変える必要があると判断した僕は
今までと違う作戦に出た。
 「・・・。」「どうですか?」「こりゃ おもしろいけどなぁ、予算が
でるかねぇ。」作戦とは結局、同じ様に悩んでる地方の新人達に声をかけて、皆で考える
というものであったのだ。そして捻り出された企画が題して「無人島創生プロジェクト」である
 「いや、スゲーことになって来てるよ。日本も捨てたもんじゃないな」と上司が漏らした。
過疎地域には本当に誰も居ない状態の場所がある まずそこに人を「集める」のではなく
「住みたい人」を募集するのだ。「この場所はあなた達の好きな様に変えてもらって構いません。しかし
農業、工業、林業など、この地域のみで自立した状態にしてもらうことが条件です 組織のつくり方
などがわからなければ こちらから専門家を派遣することも可能です」
―2/25