手帳手記」カテゴリーアーカイブ

手帳手記_20171124_金_11/24

ブラックフライデーって何だよ。
自暴自棄になって見たアダルトな写真やなんかを寒い冬の休日の、ひとりぼっちのブルーな昼なんかに見つけると、この世の無味乾燥な味を味わうことになる。
それはタダでさえ少ない自尊心ってやつをさらに減らすことになる。
そして、そんな時は、さっさと外に出るに限る。
本当に、外部環境に左右されずに生きたいもんだ。それは雨や寒さだったり、他人の偏見だったりとか、そういうものに。
だから書くことは大事なんだ。
タダでさえ少ない自分ってやつをちゃんと感じるために。
無味乾燥なこの空気の中に豊かさを見つけるために。

手帳手記_20171122_水

敵意に敵意で返していたら、
それこそ敵意しか生まれんと、そう、思わないか?
まあ、敵意がどうのこうのと言うつもりはないが。
しかしまあ、そんなもんは生み出さん方が自分の心にとってよほど健康的だ。

手帳手記_20171121_火_3

物事ってのは、自分の責任の範囲内であれば、どう変えたって良いということに、27になって気が付いて、すぐさま会社を辞めようと思っている。

手帳手記_20171121_火_2

いつも、なんとか、自分の望む方へ舵を切っているが、船はなかなか思った通り進まないものだ。
というか、進路をちゃんと、毎回、確認してないから、自分の望む方向とは全く別の方向に船が進んで、その軌道修正にやっきになってると言った方が正しいかな。
他人から、他人から、嫌な思いをさせられたって自分のセルフイメージがちゃんとあればなんとかやれるもんだ、
逆に、自分のセルフイメージってやつが、そう、持てていなければ、いつまでもそのダメージをひきずることになる。今、この自分のように。
自分に自信の持てない男ってのはムナシイもんだ。
なぜかって、付き合ってる女性の目を見れなくなるからだな。
自分に自信を持つ方法は「できる」ことを増やすことだ。例えば、だな、そう、1ページの文章をかくことができる、だとか、計算ができる、だとか、収支の管理ができる、だとか。だな。
そして、その「できる」ことでお金を稼ぐことができれば、自信を持ったまま生きていくことができる訳だな。そうなったら、気分は晴ればれ、すっきりさわやかに毎日暮らすことができるんだろーな。
望むのは豊かさとfeeling Goodな音楽なんだけれども。
やれやれここ最近、豊かさをからっきし味わってないな。


slowmotion – ariel makes gloomy

手帳手記_20171121_火

やれやれ、週末に女性と会う約束をつくったって、通勤時のイライラをヘッドフォンでかき消したって、根底を変えないと、このストレスは無くならんと気がついた。つまりは、会社を辞める算段を立てたって訳だ。これから、次の仕事を、探そうとしているが。
ITはもう止めよう。無理だな。
そしてサラリーマンもできれば止めよう。できればフリーが良い。
だけどそうもいかんなら、フリーにつながることを仕事にしよう。
人生を変えよう。
自分のやりたいことをして生きよう。

手帳手記_20171111_土

どんな理由があるにしても、舌打ちや、口で音を出すってのは、止めた方が良い。少なくとも、俺はやらないね。
さて、土曜は東武東上線、池袋行きの電車の中で書いている。
昔書いた手記を見直してみると、「ワクワクするビジョンが見つからない」って話や、「同じルーティンから抜け出す方法が見つからん」と繰り返し書いている。
今思うと、今思うと、そいつは、unusualな行動をしていないからだと思う。例えばテニススクールにかようとか、週末は、自分ちのポストにiPhoneをしまっておくとか、自分がコレだと思う、どんな小さな取組みでもしていれば、変化ってのはじょじょに起こるもんである様だ。
そんな気がするが。

手帳手記_20171110_金_2

豊かさってのがうしなわれつつある。それは乾燥した唇や酷使している眼や、冷気に混じった人々のイライラやせわしなさから。
わずかだが文字を書く余裕が生まれている。それは金曜の朝のタリーズの照明と、JazzのBGMによって。
寒さは余裕を失わせる。乾燥は潤いを失わせる。
スティーヴの贈り物に依存する様になっちゃ、オシマイだ。自分の眼で物を見、自分の皮膚で温度をとらえなければ。
冬にかけてイライラしやすくなるのは自分の肌が乾燥しているからだと27になってよーやく気がついた。

手帳手記_20171110_金

書くことのリハビリのために書いている。
自分が今持っているものの中で唯一豊かなことが、こうやって書くことだからである。
書くことによって豊かな気持ちになるのは、そこに自分が居るからかもしれないな。
つまり、他のどんな行為よりも自分ってもんを感じられる訳だな。
27になった今、鼻呼吸が豊かさへつながる道だと気がついたが、
生まれつき鼻の骨格がオカシイらしい自分はハンデを背負っているのか。
なにはトモアレ、今日は金曜だ。
なにはともあれ、今日は金曜だ。
豊かさとは、気が付かないとすぐにその手から流れ出て行ってしまう。
しっかり書き留めておこう。

手帳手記_20171109_木

SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のよろしくない点は、どこまでも客観的って点だな。
音楽の良い点っていうのは、主体的であるところだな。
現代のこの虚無の連鎖は、そこから来ている様に思えるな。とかなんとか。
27になって、(もうすぐ28になるが)26までと変わった点と言えば、人に対しても味わいがあるということをかぎわけられる様になったということがあるな。
例えば、だな。スーツケースやなんかをころがしているサラリーマンのおっさんは、これからどこかのホテルに一泊して、一人でかはしらんが晩ご飯を食べて…そんな人生ってドラマを持っていてだな。
そんな想像が沸く様な人と、そうではないヒトを判断できる様になったな。

手帳手記_20171107_火

久しぶりに書いている中目黒行の日比谷線の帰りだ。なぜかっていうと、そう、take easy、自分のペースをゆるめるためだ。
9時間も会社で働いて、帰り道も息を切らしながら、豊かさのかけらもないってサラリーマンのおっさんはここ東京じゃザラだ。
そんな中に混ざっていると、だな、次第にこちらまで息が詰まってくる。

手帳手記_20171105_日

たしかに、たしかに、身の回りの物が良かったら豊かになる訳ではないと思うが、身の回りの物によって、”何かをやろうとする力”が発生することはあると思う。
例えば、だな。
お気に入りのペンがあれば予定を立てたくなったり、お気に入りのシューズがあれば、ランニングに出たくなったりするって話。
そして、だな、行動を、起こすことができれば、歯車ってのは回りだしてだな、後回しにしてたこととか、やるべきことに取りかかれたりするのね。
そうすっと、不安とか、不安とか、不安とかってのは、アイスクリームに熱湯をかけるがごとく、そんなもったいないことはしないが、溶けていくわけだな。だから、モノ(音楽を含む)にはこだわっておいた方が吉なんだな。

手帳手記_20170912_火_5

孤独な夜は雑記でも書いて寝るに限る。
人間、24時間、どのタイミングでもやる気がある訳じゃない。23時の夜中にはさすがに弱気になるもんだ。そうじゃないか?
30歳になった自分を想像できるか?
もう31になる、あの人に思い切って甘えたいもんだ。あの人はどうやってんのか知らんが、独立して、かつ自分をつくり上げてるところがすごい。女性なのに。吐きたくもない弱音を吐いているとクセになるぞ。
自分を信じて自由な方へ進め。

[編集後記]
joseinanoniってのはオカシな発言ですね、取消します。

手帳手記_20170912_火_4

人にやられて嫌なことは自分も他人にしない。
私の辞書の中にはそんな言葉が載っておる訳であるけれども。
この行動規律に沿った結果、俺には

手帳手記_20170912_火_3

火傷した子どもは火を恐がると言うが、何度も火傷した子どもは火に慣れる様になるものなのだろうか?それとも何度火傷してもやっぱり火を恐れるのだろうか?
できれば前者であってほしいもんだが。教員免許を取ろうと思っている、今。
それは、秋の風の匂いのせいである。
すなわち、ずっと屋内で働いていて、出る昼休みのコンビニ、秋の風を受けた、四季を感じがら働ける仕事が良いなと思ったからである。
なかなかおつな理由だと思うが。

手帳手記_20170912_火_2

9月も半ばにさしかかり、夏の匂い、秋が街にやってきた。ファッションが楽しめる季節に、なってきた。と、女性の服装を見て思ったりする。かく言う自分は、私服も、仕事着(スーツ)もかなりくたびれている。
「こだわり」があると、なかなか数も増えないし、お金もかかるもんだ。その結果、27になっても、こんなこと言ってんだな。
人生は楽しもうと思えると、いくらでも楽しめるもんだと思う。味わおうせっかくなら。

手帳手記_20170911_月_2

もしや、紙に書くと現状を変えられるかもしれんと思い、今の現状を書いてみる。
季節は秋。社会人、5年目か。
練馬区の桜台に8,5000円の賃貸をかりて住んでいるが、周りが静か過ぎるのと、部屋の音が外に漏れているというコスパマイナスの住宅のため、9カ月にして早々もう引越したいと思っている。
仕事はSE。プログラムのテストが8割残りの2割は雑用だな。
やりがいはない。なさすぎて平日は生きがいもない。
この反動でか、土日は寝て過ごす様になりつつある。

手帳手記_20170911_月

28歳や30歳になったとき、友達も恋人も無く、サーバへの接続機をのぞき込む、なんてことしかやることが無いなんて、どう思う?
変わらないことにおそれをなして、願い事を書き出すことにすら抵抗がある自分をどう思う?
頭で考え過ぎるなとは思うが、今は書くことでこの場をやり過ごそうとしか思わない。
難しいもんだ、目的が無いから、完全に遭難している今。
どう成りたいのか、どうありたいのか、いやはや、外部環境に影響されないことや、仕事をすることで体力を使い切っている今、豊かさを感じる余裕ってもんすらないよ。