手帳手記_20191225_水

 昔の自分の文章を読むと、割とまあ、読めるものを書いていたんだなと思ったりして、また、無印のレポート用紙と、ミツビシの紺色の鉛筆で書こうかななんて思う。
 毎日はただ流れる川?毎日良い時と悪い時もある?いや、そうではない。そうではない。今がもし良い時なら、良くなっている理由ってのが必ずある。それを意識して継続しておかないと、またいつものパターン。同じことの繰り返しになってしまう。
 こんなことを真剣に考えるのは、バカらしい?つかれる?大変だ?
 あるいは言うとおりかもしれない。
 そんなこと考えなくても毎日は過ごせるし、良いことが起こる時もある。あるいは意識して継続していたとしても、悪いことは起こるから無意味だと。
 あるいは、そうかもしれない。あるいは。
 そう、そういう意見にケチをつける気は全くもってない。ただ、自分が言いたいことは一つだけだ。それでは変われない。と。そう。それでは絶対に、これまでのループを抜け出すことはできない。

 それは鉛筆の握り方に似ている。今までの自分の字を変えたいのなら、意識して新しい鉛筆の握り方を習慣づけなければならない。それはたしかに不便で、めんどうで、大変かもしれない。ただし、それを意識して毎日続けていけば、必ず握り方は変わる。そう、それは間違いなく。

 アアア、久々に書いている金曜の夜12:35だ。いままで何回この書き出しで書き始めたろう?それと同じくらい失敗している訳なんだ。
 そう、アタマで、そんなことを思っていたって変えられないことはあるものだ。だが、希望が無い訳ではない。特定のアクションを行うことで、悪しき習慣を変えることは可能だと、そう書いてある本(※)が存在するからだ。
 
 ※習慣の力 – チャールズ・デュヒッグ
 ※WILLPOWER 意志力の科学 – ロイ・バウマイスター (著), ジョン・ティアニー (著), 渡会 圭子 (翻訳)

 ここからは具体的な話になる。私がどうやって、ノンアダルトで四週間目を過ごしているかの。
 
 タバコなんかの依存症について書いてある本に、「よくありがちな失敗例」みたいな記載で、「禁煙を決意した人は、まず身の回り(家の中)からタバコをすべて排除しようとする。これじゃあ失敗する」みたいな記載があるが、私はそうは思わない。最初の出発点はここから始まると思う。アダルトなものに依存しているなら、どうやってもアダルトなものに依存できない状況を作り出す必要がある。私の場合を例にすれば、まずPCやiPhoneからそういったものを排除(削除)した。そして、PCの場合は、フィルタリングソフトを導入して、長く暗記できないパスワードを設定して紙にメモしておいた。iPhoneの場合は、アクセス制御というフィルタリング機能がデフォルトで存在するので、同様に、フィルタリング設定をしたうえで、パスワードを掛けておいた。
 まだその状態ではだめだった。そのため、パスワードを書いた紙を封筒に入れ、職場の個人のキャビネットに入れておいた。こうしておけば、フィルタリングを解除することはできない。しかし、フィルタリングというのは十分ではない。そのため、まだ対策が必要だった。
 最後に私が行ったのは、週末になると、金曜日の夜、家に帰る前に、WifiとiPhoneを駅のコインロッカーに入れて帰宅することだった。意図的にそうしていたのだが、私の家はプロバイダと契約していないため、WifiとiPhoneが無ければネットワークに接続することが物理的にできないのだ。ここまでの取り組みで、私は「どうやってもアダルトなものに依存できない状況」を作り出すことができた。しかし、ここまでだと、最初の「よくありがちな失敗例」の通り、失敗することが分かった。
 金曜の夜から、月曜の朝まで、コインロッカーの鍵を開けなければ、もちろん大丈夫だと思う。しかし、実生活はそうはいかない。iPhoneが無ければ、電話できないし、Wifiが無ければ、会社の持ち帰り仕事や、旅行の予約や検索ができない。そういったときには、土曜の朝か、あるいは日曜の朝にコインロッカーの鍵を開け、「どうやってもアダルトなものに依存できない状況」を解除する必要があるのだ。また、あるいは、アダルトなものはwifiやiPhoneが無くても簡単に手に入れることができる。TSUTAYAでアダルトなDVDを借りればいいし(そんなことはやらないが)、コンビニでもエッチな本を買うことができる(そんなことはやってないが)。そう、最終的には、依存する心、みたいなものを矯正して、そもそもそういったものを手に入れようとする気持ちをなんとかしないと、物理的な部分だけではどうやっても解決できない問題なのだ。

 そうなってくると、もう、お手上げなのだ。個人の力で、薬抜きにインフルエンザや、その他の病気に立ち向かうことができないように、個人の力では限界がある。
 そんな時に私が見つけたのは、本だった。それは具体的にアダルトなものへの依存について書かれた本ではなかったが、「どうやったら我慢できるか」が書かれた本だった。それは宗教的な本ではなく、アメリカの精神科学の学術書だった。つまり論理的な話、あるいは事実に基づいて導き出されたある種の法則が書かれていたのだった。
 
 その本に書かれてあったことで、今の私に効きそうな要点を何点か記そう。だが、本当に効き目があるのはその本を読むことだと思うが。
 まず、その本では我慢の実験のために、子どもの前に、甘いお菓子を置いて、その子がどれだけ我慢できるかを試した。そして、一定時間を我慢できた子と、我慢できなかった子の違いを調べた。
 その実験から導き出された法則として、「我慢の対象について、意識した子どもほど、我慢できる時間が短かった(我慢できなかった)というものがある。
 すなわち、この法則を私に当てはめると、「できるだけ、アダルトなものを想像しない、意識しないようにする」ということになる。逆に言うと、アダルトなものを意識したり、渇望した時点で、もう終わりに近いのだ。
 
 次に、その本では、何が意志の力を生むのか、我慢の源となるのかについて実験を行っていた。
 結論としては、他人に褒められたりして、ポジティブな思考の時には、我慢強くなるということが分かった。また、「孤独を感じないようにする」「運動をする」ということも我慢強さが増す要因であることが分かった。
 あるいは、「信じる」ことが重要だということが分かった。言い換えると、「できると思う」ということで、自分がアダルトなものに依存しない生活を手に入れることができる、と本当に思っているかどうかが重要だということになる。

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 ビロウな話で恐縮だが、アダルトなもの断ちの習慣も四週目に入った。
11月に同様に四週目に入った時があるが、その時のメモがカレンダーに書かれている。たった一言、”地獄”と。

 風呂に入りながら、こう考えた「あるもので勝負するしかない」と。
 
 アダルトなものを断つ習慣を身に付ける方法。そんなものがあれば苦労はないのだが、この三週間で感じた”コツ”みたいなものを書くとすれば、それは、feelingだ。すなわち、アダルトなものがなくても楽しいと感じるfeelingそれにつきる。
 
 例えばそのfeelingとは、「引越し」だったり、「iPhoneアプリをつくる」だったり、「独立する」といった将来のイメージ、身近なものでいうと、「あれを食べたい」とか、「ここに行きたい」とか、「あれを買う」とかっていう心に直接ひびくfeeling。テンションの上がる思いつき、like that。
 
 コツとは、そういったfeelingを拾う意識だ。
 見つけようとする心の持ちようだ。そういったfeelingの回収作業がアダルトなしでもやっていける生活をつくるのだと感じる。Don’t think. Feel.

―2019/12/25 水

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