手帳手記_20171006_金

かなり久しぶりに書いている。
平日、金曜の朝、プロントは東京都新川駅だ。
人は人でしか救えないのかもしれんなんてことを、店員の女の人の働きっぷりを見て考えた。
現実ってやつは、というか、まあ、自分ってやつは、ただがむしゃら、突き進むだけでは変わらんもんだということに、この10月になって気が付いた。
言い換えれば、ハムスターの様に、ただ同じ場所をぐるぐると進んでいることになる、ということだ。
その輪から抜け出さなくては、この数年間の様に、現実ってもんは少しも変わらなかったりするんだなこれが。
その輪っていうのは、現時点で私が気付いている範囲で言うと、いくつか要素がある。
そしてその要素は、おもしろいことに、その、輪をつくる、要は、自分ってもんを形づくる割合に差があるようだ。
そしてさらにややこしいことに、だな、話はその「輪の中に入ることになった」ということと、「その輪」という「原因と結果の話」の2つで成り立っていると仮定できるんだな。
言い換えれば、話は、考え方、その考え方による行動、その行動による結果、の3つの過程に終結するという話だな。
ただここで注意したいのは、1つ目の考え方や、2つ目の行動をいくら変えたところで、3つ目の結果ってもんが変わらんとそう、今の様に、「何もやってなかった3年間」って話になる訳だ。そうじゃないか?
結果っていうのは、つまりだな。毎日やってる「仕事」だとか、「どこに住んでるか」だとか「付き合ってる人が居る/居ない」だとか、「体重が60kgある」だとか、そういう状態の話だな。つまるところ、いくら考え方なり行動ってのを変えたとしても、その結果が変わらんのなら、そう、同じってことだな。

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