手帳手記_20170904_月_現実について

言葉と行動にはなるほどかなりの違いがある様だ。と、今まで書いてきて思う訳だが。すなわち、どんなにこの手帳に文字をしたためたところで、現実ってものには何の影響も発生せん訳だな。現実ってもんに影響、作用を与えるのは、あくまで行動でありまして。ただ、行動ってもんに影響を与えるもんの一つが文章であるとすれば、バタフライ効果的な作用はあるのかもしれんが。
さあ、いよいよ、現実ってもんを書きあらわしてみようじゃないか、つまり、日常って枠の中の、それぞれの小部屋の集まりが1日って単位の現実でありまして、その繰り返し、27年間の積み重ねを現実と、そう呼ぶわけでありますな。
そうすると現実ってのは言い換えれば、「20:25分の月曜に乗る乗車率100%の、見知らぬオッサンと左肩がぶつかってるけど知らん顔でこの手記を書く今」とか、「仕事をしてもいっこうにやりがいや満足感が生まれずに、将来に対して特にわくわくもしない土日の過ごし方」とか、「見知らぬオッサン、おばさん、お姉さん、お兄さんにクソほど顔をジロジロ見られてイライラする毎日」とか、そういう部分的なものとしてとらえることができる訳で。
そうすると、これらの個々の”現実”を変えるために何ができるのか?って話になる訳で。

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