なんと机に向かって椅子に座って書いている自宅待機中の19時前だ。
良い風が吹いている。それは、旅を思い出させるくらいの良い風が。
いったい、人は、どれくらい他人と会話せずに正気を保っていられるのだろうか?
そんなチャレンジを意図せず、今、やっている訳だが。
なんと、隣人(階下の住人)は、来月引越すらしい。管理会社の人がそう言っている。はたして本当なのか?本当だったらこの1ヵ月あまり、今日まで抱えていたひどいストレッサーから解放されることになるのだが。
過度な期待は持たないでおこう。その方が身のためだ。
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この、コロナの自宅待機で、嫌というほど孤独を味わっている。
それは、あるいは、自分の枠の狭さのセイなのかもしれないが。
つまり、たとえば、人によっては、今の自分と全く同じ状況であったとしても、
人によっては、別のことを感じている。多様な選択肢を持った人生を楽しんでいる人であれば、同じ状態であったとしても、funなfeelingを持っている可能性もあるということだ。(つまり、彼女が居ない、友達が居ない、から孤独、ということにはならないということだ。)
今夜の風は良い。
しかしながら、今の自分はというと、あまりにも枠が狭い。
ゲーテの言葉じゃないが、余った時間の使い方を知らないのだ。
映画は見飽きた、筋トレもやる気が出ない。掃除もした。部屋は片付いている。ネットは見飽きた。アダルトなものも億劫だ。
そうすると、こうやって何か月か、何年かぶりにとりとめのない話をノートに書きつらねることしかできない訳だ。(長文でおもしろくない文章はタイプするのがしんどいとわかっていたとしても。)
旅に出たい。早く旅に出たいね。
五感に働きかける景色を写真にとって
考えたことを手記で書きたいもんだ。
高地に行った時の様に。
今は?
今はといえば、そのための準備くらいしかできない。お金を整理して、予算を管理して、6月になってからどこへ行くか決めることしかできない。
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今日は?
今日は、筋トレをやって早めに寝るべ。―2020/05/10(日)